【阪急】阪神・淡路大震災から30年:あの日の車両はいま?
2025年1月17日で、
かの阪神・淡路大震災から30年。
はや30年、まだ30年。
首都圏では車齢30年といえばオンボロ扱い。
しかし関西ではモノを大切に使う傾向があるのか、電車も長寿命になる傾向があります。
(または首都圏ほど資産に余裕がないのか)
実際、阪急でも阪神・淡路大震災から復旧した車両が現在も多数現役です。
今回はそんな車両の「いま」を追いかけてみたいと思います。
今回は阪急電車に詳しい人なら「なんだ」「今さら」と思われる内容になっています。
初心者向けとしてお読みください。
また、今回は被災した車両以外にも救援や代走にあたった車両も含めています。
目次
8000系・8200系
【8001F】
1989年製造の8001F(8001×8R)は、
震災発生時に神戸高速線の地下区間に閉じ込め。
被災区間の復旧とともに復帰し、2025年現在も現役。
2012年(試験)と2016年(本採用)の2回にわたって制御装置などの機器更新。
【8000F・8002F・8003F・8006F・8008F】
1988~1992年製造の当時最新鋭。
御影~王子公園(のちに三宮)の復旧に際し、復旧区間に陸送されて営業運転に使用。
(当時は8000Fが宝塚線所属だったが貸し出し)
選定理由は最新型ゆえのメンテナンスの容易性から。
<各編成の「いま」>
2025年現在いずれも現役。
8000F:8006Fとトレードで宝塚線から神戸線に移籍。2021年リニューアル施工。
8002F:2022年に制御装置などの機器更新。神戸線で唯一セミクロスシート残存。
8003F:2008年に前面車番位置変更。2024年リニューアル施工。
8006F:特急日生エクスプレスの開始に伴って宝塚線に移籍。2022年リニューアル施工。
8008F:復旧後にパンタグラフをシングルアーム式に交換。2020年リニューアル施工。
またこのうちの1本・8003Fに、阪神・淡路大震災30年のヘッドマークが掲出中。
<関連リンク>
阪神・淡路大震災 30年 西宮北口駅管区の取り組み | 阪急電鉄からのお知らせ | 阪急電鉄
【8020F】
1992年製造の当時最新鋭。
震災当時は6両編成だったが、3100系(後述)の被災廃車の代替新造車を組み込んで8連化。
2025年現在、神戸本線の8000系8連では最後のGTO-VVVF残存編成。
【8200F・8201F】
1995年6月12日の神戸線全線復旧にあわせてデビューした新型増結車両。
阪急初の収納式座席(現在は終了)やLED式側面行先表示、車内案内表示装置といった新機軸が多く導入。
2025年2月のダイヤ改正で増結運用が終了することから、今後が注目される。
7000系
【7023F】
1986年製造の6両編成。
須磨浦公園ゆきとして運用中に夙川駅ホームで被災し閉じ込め。
前方はマンションが倒壊、後方は西宮高架橋が崩壊しており、まさに間一髪で難を逃れた。
その後は夙川~岡本間の復旧に際して5012Fとともに運用復帰。
2024年後半~2025年初頭にかけてリニューアル工事中。
【7024F】
1987年製造の4両編成(当時)。
震災前時点では須磨浦公園ゆき10両編成のため4連の増結車として運用。
被災した伊丹線用の3000系・3100系・5200系の代走として、一時期伊丹線を運行。
2025年現在、未更新のまま宝塚線で運用中。
【7027F】
1988年製造の6両編成(当時)。
かの有名な「7777」号車を中間に擁する編成。
梅田ゆきとして運用中に三宮駅を発車した直後に被災、6両とも脱線。
2月にクレーンで撤去され、修理ののち復帰。
のちに7024Fの付随車を組み込んで8連化、2021年にはリニューアル工事が施工。
<関連リンク>
阪神・淡路大震災「1.17の記録」神戸市のサイトに残る、脱線したc#7777の写真
6000系・2200系
【6025F+2250F】
6025Fは1978年製造の2両編成(当時)。
2250Fは1975年製造の先頭車に、1985年製造の中間車を組み込んだ4両編成(当時)。
今津北線で上り運用中に宝塚~宝塚南口間の急カーブで被災、脱線。
線路上に戻されたあと宝塚線の8000系に牽引され車庫に収容。
6両のうち復旧不可能な損傷を受けたVVVF長期試験用の電動車c#2721は廃車。
代替として使用可能な部品を使ってc#2772が新造。c#2720も付随車に改造。
電動車を全て失った2200系は、復旧と前後して全車が6000系に編入。
<2025年現在>
- 6025F:6026Fと組んで今津北線運用、稀に3連運用予備。
- 元2250・元2251:6050・6150に改番されていたが、2019年に7000系に編入、7090・7190に再改番。7030Fと組んで今津北線運用に入るほか、伊丹線予備も務める。
- 元2720・元2772:6762・6772に改番され、7000系7020Fを経て、1998年に6015Fに編入。リニューアル工事を経て、2025年現在も6015Fの中間で活躍。
5000系・5200系
【5012F】(引退済)
1969年製造の8両編成。当時は中間に2071系を組み込み。
岡本~御影間の走行中に被災、不通区間に閉じ込め。
その後は夙川~岡本間の復旧に際して7023Fとともに運用復帰。
2004年にリフレッシュ工事施工。
2017年に6連化、2023年に引退。
【5001F・5004F・5006F】
震災で破損した他編成に菱形パンタグラフを移植。
そのため2003~2006年のリフレッシュ工事より前からシングルアームパンタグラフに換装済み。
2025年現在、いずれも6連で今津北線運用中。
【5201F】(引退済)
伊丹線で運用されていた4両編成。
震災発生時は伊丹駅に停車中で、駅舎ごと崩落。
クレーンで搬出後に修復されたものの、故障が頻発したことや、5200系自体が試作冷房車で早期の淘汰対象になったことから1998年頃に運用離脱、2000年1月に廃車。
c#5251の前頭部カットボディが正雀工場内に保存。
3000系・3100系
【3072F】(引退済)
今津北線の下り運用中に門戸厄神駅付近の踏切で被災し脱線。
前方は山陽新幹線の橋脚が、後方は国道171号の橋脚がそれぞれ崩落しており、こちらも間一髪で最悪の事態は免れた。
(ただし前後の崩落によってパンタグラフは全損)
復旧後にc#3022を伊丹線c#3109(2代目)に改造。
廃車予定であった2800系c#2842が暫定編入したのち、2071系c#2171が再電装され2代目c#3022として編入。
9000系の増備に伴い、3000系廃車の第一陣として2008年に引退。
<関連リンク>
阪神大震災と鉄道|電鉄倶楽部様
【3159F】(引退済)
伊丹線で運用されていた4両編成。
震災発生時は伊丹駅に停車中で、駅舎ごと崩落。
その姿は世界中のメディアの注目を集めた。
クレーンで搬出されるも、伊丹方のc#3109(初代)と2071系c#2087が廃車。
別の2071系と2代目c#3109(先述)を組み込んで復帰したのち、9000系の増備に伴って2013年に引退。
<関連リンク>
地震で出発できなくなった電車のドア。約50㎏の資料の重さが語ること。|震災資料語り|人と防災未来センター
【3058F】(引退済)
今津北線の宝塚~仁川間で被災。(詳細不明)
同区間の復旧時に運用復帰。9000系の増備に伴って2011年に引退。
【3081F】(引退済)
甲陽線にて被災。(詳細不明)
同区間の復旧時に運用復帰。9000系の増備に伴って2012年に引退。
【その他】
- パンタグラフ破損車両の補充と予備確保のため、2007年頃まで一部の3500形(全て引退済)から片方のパンタグラフが撤去されていた。
- 他形式も含め、直接的な被災車両の能勢電鉄譲渡は2025年時点で無し。
編集後記
古い車両は歳には勝てず引退しているものの、
当時新しかった車両は今でも現役バリバリです。
駅でこれらの車両がやって来たら
「この車両は震災で~~~した車両!」
とか思いを馳せてみるのも一興かと思います。
(NOSE KNITs – のせでん沿線の魅力紹介WordPress)
【直近の鉄道イベント情報】
(Tetsudo.comより)
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